自分らしさと普通について

white swan うつ病
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どうも、うさぎです。

突然ですが、私は普通がわかりません。普通や当たり前になれないまま大人になりました。
人と同じが嫌で、でも仲間はずれになるのは嫌で、普通になりたいけど普通になれない自分がいて、一生懸命普通ってなんだろうと考えながら生きてきました。
何も考えなくても普通に過ごせる人が羨ましくも思います。

中学でも、高専でも、大学院でも浮いた存在だったと思います。
持ち前に人懐っこさで一人ぼっちにこそならなかったものの、どこか全体から外れ値として扱われていたように思います。
よく社会的に問題を起こさずに今日まで来たなと思うぐらいですね。
遵法精神は人一番高いのでその辺は大丈夫ですが。

うつ病になって、発達障害と診断されて、自分の中で普通の概念が崩れました。
普通に悩まされていましたが、自分にとって普通は普通の人からは違うのだと思い、その日から自分らしく有る方が人生豊かだよなと思うようになりました。

醜いアヒルの子はなぜ醜いと罵られる必要があったのだろうか。
自分以外がアヒルだから、白い羽毛と黄色いくちばしが普通で、薄黒い羽毛で黒いくちばしは醜いとされてしまった。
もし、醜いアヒルの子が白鳥の群れで生活することになったら、今度は薄黒い羽毛と黒いくちばしが普通になる。醜くなんてなくなるわけです。
普通なんて属している場所によって、全然異なるんです。本人は何も変わっていないのに。

私も私の思う普通が普通になるコミュニティが有るはずだと、それを探しています。
見つからないので、自分で作るしかねーな。とも少し思ってます。

自分らしくも在りたいし、普通にも憧れる。
特別な存在にも憧れます。
わがままですね。
生き方なんてわがままでいいんですよ。


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